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あらすじ
ロールはパリのアパルトマンに猫と二人住まい。ある晩友人宅へディナーに招かれた帰り、マンションの入り口に入ろうとしたときバッグを引ったくられてしまう。
ローランはパリで本屋を営んでいる。ある朝、行きつけのカフェへ行く途中に女性もののバッグを拾い持ち主に直接返そうと決める。バッグには財布も携帯も入っていなかった。手がかりはパトリック・モディアーノのサイン本に書かれた名前(ファーストネーム)だけ。ロール。
「ハバニタ」の香水瓶、エヴィアンの小瓶、エジプト象形文字のキーホルダーがついた鍵、赤い手帳モレスキン手帳。バッグには女性の人生を語る品々が入っていた。
赤い手帳には美しい筆跡で、時にユーモラスに時に切ないタッチで好きなこと、嫌いなこと、怖いことなどが綴られていた。
ローランはバッグの中身を一つずつ手に取り、手帳の中身を読み進めるにつれ持ち主の女性に惹かれていく。
バッグの持ち主をつきとめるミッションはいつの間にか愛のミッションに変わっていた・・・。
テーマ
アイデンティティ探し

パトリック・モディアノのサイン本とモレスキン手帳など、人生を語る貴重な品々をバッグに入れて持ち歩く女性はどこにいるのか?バッグを見つけて届けてくれた、書店を営む男性は誰なのか?
まだ見ぬ相手への恋心と身元探しの探偵ごっこが、ロマンティックな出会いに繋がるまでが魅力的に語られています。
モチーフ
フランス文学へのオマージュ
小説の中で、フランス文学をひと巡りするのに向いている作品が下記の通り紹介されています。
マルセル・エーメ Marcel Aymé(1902-1967年)
・「Les Contes du Chat Perché」 邦題「ゆかいな農場」
・デルフィーヌとマリネットは両親と動物たちに囲まれて牧場に住む小学生の女の子。ふたりには秘密がありました。牧場の動物たちと人間のことばで話すができるのです。農場に住む猫は物語を通してふたりにさまざまなことを教えていくのでした。
シャルル・ボードレール Charles Baudelaire (1821-1867年)
フランスの詩人。代表作は詩集の『悪の華』。この中でボードレールは詩を道徳から切り離し、「真実」でなく「美」に捧げた作品と位置づけた。評価は高かったがまもなく公序良俗違反と批判された。
アルテュール・ランボー Arthur Rimbaud(1854-1891年)
19世紀のフランスを代表する詩人。神童と言われ15歳から20歳までに書いた詩が全作品。それ以降は筆を折って書簡しか書いていない。代表作は「酔いどれ船」など。
ジャック・プレヴェール Jacques Prévert(1900−1977年)
フランスの民衆詩人、映画脚本家、シャンソンの作詞家。代表作は「こどばたち」、シャンソン『枯葉』の作詞、映画「天井桟敷の人々」など。
ポール・エリュアール Paul Eluard(1895−1952年)
ダダイズム・シュールレアリズムの詩人。16歳の時に結核を発症し療養地でロシアから亡命中のヘレナ・ディアコノヴァ(通称ガラ)と出会い、教養があり奔放なヘレナと恋に落ちる。二人は一緒にネルヴァル、ロートレアモン、ボードレール、アポリネールなどの詩集を読みふけった。
第1次世界大戦、第二次世界大戦の両大戦の経験から平和主義・平和活動に傾倒した。『自由』、『詩人たちの名誉』のほか詩集をたくさん出した。
マルセル・プルースト Marcel Proust (1871-1922年)
フランスの小説家。裕福な家庭の出身で喘息が原因で呼吸器系の疾患に生涯悩まされた。テーマは失われた時間や愛の記憶についての議論。愛と嫉妬と人生の虚しさをテーマにした代表作は1913-1927年に執筆された「失われた時を求めて」。7冊の作品群である。200人もの人物が登場し人間ドラマを通して見事に時代を描いている。この作品により「20世紀を代表する作家」と評された。
スタンダール Stendhal(1783-1842年)
フランスの小説家。若いころは「幸福の探究」と称して愛と芸術と音楽に人生を捧げたいと考える若者だった。
最愛の母を死後は読書が心の拠り所となった。パリの大学で文学の勉強したいと希望したが周囲の強い勧めがあって役所に就職。仕事の合間に執筆を続けた。
代表作は『赤と黒』、『パルムの僧院』など多数。バルザック、ビクトル・ユーゴ、フローベール、エミール・ゾラと並んで19世紀を代表する作家といわれていている。
アルベール・カミュ Albert Camus(1913-1960年)
アルジェリア生まれのフランスのジャーナリスト、作家、哲学者。1957年にノーベル文学賞を受賞。代表作は『異邦人』、『ペスト』など多数。
ルイ=フェルディナン・セリーヌ Louis-Ferdinand Céline(1894-1961年)
フランスの医者、作家。代表作は『夜の果てへの旅』など。
ステファーヌ・マラルメ Stéphane Mallarmé(1842-1898年)
ランボーと並ぶフランスの象徴主義の詩人。代表作は『半獣神の午後』、『パージュ』など。
パトリック・モディアノ Patrick Modiano(1945年-現在)
フランスの作家、作詞家。1945年7月パリ生まれ。母親はベルギーのアントワープ出身の女優、父親はユダヤ系イタリア人。
父親は偽名を使っていたので当時ユダヤ人に義務付けられていたユダヤの星の着用を免れていました。そして同じ理由で母親との結婚は無効なものでした。
父親はある時逮捕されてオーステルリッツ駅へ連行されますが、上層部からの指示で釈放されます。
父親は善良なパリ市民か?ナチスの手先か?
父親のアイデンティティへの疑問が、失われた時間や失われた青春と並んで作品のテーマのひとつとなっています。
1968年に作家デビューし、30以上の作品を発表してきました。アカデミー・フランセーズやゴンクール賞など、多くの賞を受賞。
2014年にノーベル文学賞を受賞。この年日本の村上 龍もノミネートされていました。
デビュー作の「エトワール広場」(1968年)でロジェ・ニミエ賞とフェネオン賞を受賞。「現代のマルセル・プルースト」と称賛される作家です。
- 「パリ環状線通り」(1972年)でアカデミー・フランセーズ文学賞を受賞。
- 「暗いブティック通り」(1978年)でゴンクール賞を受賞。
- 「真夜中の事故」(Accident Nocturne)(2003年)
- 「失われた時のカフェで」(Dans le Cafe de la Jeunesse Perdue)2007年
「真夜中の事故」(Accident Nocturne)
『赤いモレスキンの女』に登場する小説。
ストーリーは主人公は車にぶつけられてケガをする。車を運転していた女性とともに取り調べを受けた後、病院に運ばれ手当てを受ける間、消毒液の臭いで過去に同じようなことがあったことを思い出し、謎の女性が誰なのか探究を始める・・・というもの。
ソフィ・カル Sophie Calle (19531年-現在)
1953年パリ生まれのフランスの近代美術家、写真家、作家、振付師、自伝作家。テーマは自分の人生・特に生活の一番プライベートな部分自体を芸術化すること。表現方法は現存するありとあらゆる表現方法を用いる。
Filature Parisienne 「パリの街中の尾行」
1978-1979年の促品。「その人に興味があったからではなく、尾行が楽しいから」パリの街中で行き交う人々をこっそり尾行・撮影し、尾行の記録を綴った記録。
カフェの文化
映画でも小説でもパリのモチーフといえば「カフェ」。フランス語で”café”というとコーヒーそのものと飲食店の両方を指します。日本の喫茶店と違いアルコールやタバコの販売も。
コーヒーは16世紀にヨーロッパに伝わり、ウイーン、ロンドン、パリ、ヴェネチアに広がっていきました。
世界のカフェ
コーヒーが広まるにつれて「コーヒーを出す飲食店」も増えヨーロッパ全土に広がっていきました。
日本では明治時代に銀座に「カフェー・プランタン」が開業してパリのような文化交流の場を目指しましたが、パリのカフェの給仕係は男性のところを日本では女性がするという文化的な違いがあって、文化交流というよりは風俗店の方向に傾いてしまいました。
第2次世界大戦後は喫茶店が多数できましたが1980年代にコーヒー豆にこだわりのない店は次々と廃業し、代わりにナイトライフの場としてカフェバーが多く見られました。
1980年アメリカのビジネスマンがミラノのカフェをモデルにコーヒー豆を独自にローストして出す珈琲店スターバックスをシアトルで開店し、瞬く間に全国に広がった。
1990年代以降にアメリカのスターバックスなどのコーヒー豆のロースティングを個性とするカフェスタイルが広がり日本でも親しまれています。
パリのカフェ
パリでは18世紀に300軒ほどあったカフェがフランス革命前には700軒ほどになっていました。ルソーやディドロもこの頃にほかの思想家、革命家、政治家と集まって議論を行っていました。
カフェはフランス人の生活に根付いており、詩人のヴェルレーヌやランボー、ステファン・マラルメやピカソなどの文化人・芸術家が出入りしたことで有名なカフェがいくつもあります。席は店内ではカウンターかテーブル席、屋外のテラス席ではラタンの椅子が並んでいるのが特徴です。
コーヒーの違い
日本で親しまれているドリップコーヒーは「カフェ・アロンジェ(Café Allongé)といいます。
パリでコーヒーを頼むとエクスプレッソ(Expresso)が出てきます。
ひとことにミルク入りコーヒー、といっても厳密には4種類あります。違いを整理してみました。ちなみに作中では「カフェ・ノアゼット」が出てきます。
- カフェオレ(Café au Lait)ミルク入りコーヒー
- カフェ・クレーム(Café Crème)クリーム入りコーヒー
- カフェ・ノアゼット(Café Noisette)ミルク入りコーヒーででき上がりはウォルナット色
- カフェ・ランヴェルセ(Café Renversé)コーヒーよりミルクが多いもの
赤いモレスキン手帳
モレスキン手帳の魅力は至るところで語り尽くされています。
このブログにも記事がありますのでお読みください。
この作品を読んだのきっかけは実はこの作品でした。映画でよく登場するモレスキンですが、小説にでてくることはないの?と思ってネット検索したのが1996年頃のこと。ヒットしたのがこの作品でした。
作品のタッチ
冒頭のシーンで推理小説の世界が、その後はロマンス小説の世界が味わえる作品。ハンドバッグをめぐる男女の出会いを描くロマンチックなところは、ハリウッド映画さながら。
ボリュームは200余ページ、2〜3ページごとに章が変わるなど、テンポよく読めるボリュームです。忙しい方、よく中断する方でもサクサク読めます。
評価
2017年にイタリアのジュゼッペ・アゼルビ大賞を受賞しました。
ジュゼッペ・アゼルビ賞
1990年代に創設された、19世紀に実在した役人にして探検家・考古学者ジュゼッペ・アセルビの名前を冠した国際文学賞。アゼルビは初めて北極圏を探検した功績を残しており、イタリアに外国の文学をイタリアに紹介するのが主な目的です。
過去10年間に執筆活動を続け、作品がイタリア語に翻訳された作家に贈られます。2017年のテーマはフランス。審査員が2016年から1年かけて候補者を3名選びイタリアで行われた授賞式で結果が発表されました。
ちなみに同じ年にゴンクルー賞(2001年)をはじめ多くの受賞歴を誇る医師・外交官・作家のジャン=クリストフ・ルファン(Jean-Christophe Ruffin)氏にジュゼッペ・アゼルビ特別賞が贈られました。
翻訳
日本語版

翻 訳:吉田洋之(よしだ ひろゆき)1973年東京生まれ。
パリ第3大学学士・修士課程修了、同大学博士課程中退。
フランス近現代文学専攻。
訳書にアントワーヌ・ローラン『ミッテランの帽子』
エリック・フォトリノ『光の子供』がある。
ブックアート:北住ユキ1959年大阪生まれ 東京育ち 東京在住
書籍装画、挿絵、絵本、web媒体などで活動中
英語版
「The Red Notebook」のタイトルで出版(翻訳はJane Eitken ・Emily Boyce)。Audible版もあります。

ドイツ語版
”Liebe mit zwei Unbekannten”のタイトルで出版(翻訳はClaudia Kalsscheuer)。Audible版、CD版もあります。

イタリア語版
”La donna dal taccuino rosso”のタイトルで出版
スペイン版

ポルトガル語版

作者アントワーヌ・ローランのプロフィール
作者アントワーヌローランのほかの作品
ご購入方法
紙書籍を下記からご購入いただけます↓
電子書籍を下記からご購入いただけます↓
赤いモレスキン手帳(ポケットサイズ)のご購入はこちらから↓
まとめ
アントワーヌ・ローランの5作目の作品の「赤いモレスキンの女」。今回はモレスキン手帳が恋の謎解きに一役買うという大事な役どころです。
前にも書きましたが、5年ほど前モレスキン手帳が映画によく登場するのを見て「モレスキンが出てくる小説はないかしら?」とネットで検索しました。そして見つけたのがこの作品。それから「ミッテランの帽子」・・・と続けてこの作者の世界をずっと楽しんできました。レビュー記事を書いていますのでぜひお読みください。
ゴッホやヘミングウェイなど昔から作家や学者などの著名人が愛用していることで知られるモレスキン手帳。この作品の影響でしょうか?次は赤い手帳を買ってしまいました。どんなことをメモしていくか楽しみです・・・
いかがでしたか?皆さんにもぜひこの作品をお楽しみいただければと思います。
では次回をお楽しみに!!A bientȏt!
和泉 涼