【レビュー】 ”Accident Nocturne” par Patrick Modiano 「真夜中の事故」著/パトリック・モディアノ(未邦訳)

2021年6月11日

あらすじ

主人公がまだ未成年の1965年ごろの、ある夜のできごと。

主人公はパリのピラミッド広場を渡ろうとしたとき、突然現れた青緑色の車にひかれてケガをします。車を運転していた女性も額と頬にケガを負います。車には若い女性と茶色のコートを着た男性が乗っていました。

病院へ運ばれる途中、女性は主人公を見つめて微笑みかけてくれます。彼女の温かい微笑みに胸を揺さぶられ、病院で処置を受けるときにかいだ麻酔薬の匂いで眠っていた遠い記憶が少しずつ覚めていきます・・・。

退院後、主人公は車を運転していた女性に子ども時代に出会った謎の女性を重ね彼女を探し始めます。手がかりは車の型と色だけ・・・。

データ

出版:2003年 

出版社:Gallimard社

テーマ

時・場所・時間の関係

記憶は場所・人そして香りと深く結びつきます。

主人公は事故のケガをの手当を病院で受けるときの麻酔薬の匂いが引きがねになり少年時代から謎に包まれたままの、別の車の事故を思い出します。

事故の衝撃と遠い記憶のモヤのなかで主人公は謎の女性が同一人物だと確信してます。

子どもの頃のおぼろな記憶と「忘れたい記憶」の渦をかき分けて彼は何を見出すのか?謎が深まります。 

モチーフ

謎の美女

ここでも毛皮のコートに身を包んだ謎めいた女性が登場します。真夜中パリの街中を運転していて主人公と接触事故を起こす女性。麻酔薬の匂いに巻かれながら面影を追わずにいられない美しいパリジェンヌ。

カフェ

ここで登場するカフェでは人々が飲んでいるのはコーヒーではなくお酒。どちらかというと酒場の雰登場が強い印象です。ここではそんなパリがカフェがたびたび登場します。

ホテル

大通りのホテル

事故が起こったピラミッド広場のそばにあるホテル「レジナ」は高級ホテルです。

みなさん映画「ボーン・アイデンティティ」を覚えていますか?映画の前半で主人公のジェイスン・ボーンが恋人と一緒にレジナホテルのフロントにいくシーンがあります。小説で出てくるのはまさにあのホテルです。

裏通りのホテル

作品の中にはホテルが他にいくつか出てきます。これは身分証の照合もしないホテル、身分を偽ってもとおる裏街道のホテル。映画「ボーン・アイデンティティ」では主人公が恋人の髪を切って黒く染めるシーンがありますが、まさにあのシーンのホテルです。

関連:

この小説はアントワーヌ・ローランの『赤いモレスキンの女』に登場します。主人公ロールのバッグの中身はモレスキン手帳、香水のビン、エジプトのヒエログリフのキーホルダーとパトリック・モディアノのサイン入りのこの小説でした。

どちらも愛する女性を探し出すまでのいきさつを描いた小説です。それでも二つは全く違う印象ですよね。

アントワーヌ・ローランの小説は映画のように美しい場面が連なって、二人が出会うまでのいきさつを描いたロマンチックな作品。

本作品は恋する女性の探究に自分探しの心の旅がオーバーラップするため全体的にもやがかかった印象が強くラストもロマンチックな意味の出会いの印象は薄く、これもまた人生のひとときか?と思わせるラストで最後まで抽象的な印象がつきまとう作品です。

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作者のプロフィール

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まとめ

パトリック・モディアノのテーマをまた別の角度から捉えた作品です。モディアノは父親との特異な関係が少年時代に大きな影を落とし、生涯を通して「アイデンティティ・記憶・時間」の意味を小説を通して探究している小説家です。

これは自分の記憶の中にしかないの思い出の証拠を外の世界に求めるという難しい探究です。自分しか覚えていないことは考えれば考えるほどぼやけて、しまいには「夢か現か」分からなくなってしまうからです。この探究に終わりはあるのでしょうか?

今後の作品を通して分かることになりそうです。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

この作品は邦訳されていません。アイデンティティの探究は誰もが抱える疑問、人生の疑問です。でも捉えるのが難しい問題でもあります。それをこんなに美しく書かれた文章にぜひ触れていただきたく思います。

では今回はここでお別れです。次回をお楽しみに!!A bientôt!

和泉 涼