【レビュー】『1941年。パリの尋ね人』作/パトリック・モディアノ

2021年4月20日

文字 枯れ木・道路の写真

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原題

”Dora Bruder” 「ドラ・ブリュデール」、ガリマール出版から1997

年に出版。

ストーリー

筆者は17歳のときに寄宿学校から脱走しました。寄宿学校の校風が合わず、また両親の意思を押し付けられたことへの反抗心による行動でした。

そのおよそ20年前の1941年。ナチス占領下のパリ。16歳の少女ドーラ・ブリュデールの捜索願が出されます。胸に黄色い「ダビデの星」を身につけることを義務とされたパリの街。例年より冷えが厳しい冬。ドーラは冷たい世間、窮屈な家庭から逃げ出したのでした。

筆者はこの事実を知った時から10年間この少女の行方を調査しました。

20年を隔てた二人のディーンエージャーの「家出」。

筆者が逃げ出した理由は一方的に方針や規律を押し付ける実家特に父親、そして規律が厳しすぎる学校への反抗心。でも一歩外へ出ると校内にはなかった開放感と自由な空気を胸いっぱいに吸ったと語ります。

ドーラ・ブルーデルが家出した理由を知るものは残っていませんが、同じ頃に「家出」のケースは多かったといいます。若者たちが生きたのは、体制が彼女たちを抹殺しようとしていた狂気の時代。国にも法律にも、誰にも守ってもらえない時代でした。ドーラ・ブリューデルは「家出」したものの、逮捕され、その後ドランシーの強制収容所へ向けて二度と帰れない旅に出たのでした。

テーマ

第二次世界大戦中のナチス占領下のパリを舞台に起こった16歳の少女の家出と1960年代に起きた一見普通の少年の家出。一方はナチスに迫害されたユダヤ人たち全体の運命を物語るできごと、他方は同じ民族でも時代が変わり「ただの家出」に終わった物語。

パトリック・モディアノはこの物語を1996年に執筆しました。

過去の事実と語られるナチス占領が生んだ悲劇が、街の記憶となって蘇ってくる様を見事に描いた小説です。モディアノは30年遅れでパリで起きた事実を記録するために自分がいるのだと静かに主張します。 

関連作品

  • パリエトワール広場(La Place de l 'Étoile)
  • 夜のロンド (La Ronde de Nuit)
  • 大通り環状線 (Les Boulevards de Ceinture)
  • ほか

翻訳

日本語版が『1941年。パリの尋ね人』として出版されました。

最後に

一人の少女の悲劇を通して見える同じ運命を辿った無数の人たちの非業の死。戦時中の物語はどれも息苦しい空気を運んでくるもの。

パトリック・モディアノのソフトフォーカスのままでピントを少しだけ絞ったり緩めたりする手法によって、失踪した少女の最後と1960年代を生きる主人公に共通する点や違っている点を浮かび上がってきます。残酷な物語をソフトに正確に今に伝える見事な物語。

パトリック・モディアノは2014年にノーベル文学賞を受賞しました。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

次回をお楽しみに! A bientôt !!

和泉 涼

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